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障害者側からの一つの意見

日本ボランティア学習協会代表理事・興梠寛さんに聞く…社会責任負う「準備学習」
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/renai/20070428us41.htm?from=yoltop
2007年4月28日 読売新聞

阪神大震災を機に、ボランティアの重要性が認識され、各地で多彩な活動が展開されるようになったが、内情は一人一人の自主性に任せっぱなし。社会的な支援体制は不十分だ。いまだに「ボランティアをやりたいが、どこにいけばいいのか」という問い合わせが文部科学省にも舞い込む。

 「人が社会と出合い、その力となるには、人を育て、支援するための専門機関や、縁結びのためのシステムが不可欠。米英では、そこにきちんと社会資本を投下しているからこそ、大勢が活動に参加でき、ボランティアが社会の大きな力となっているのです」

この辺り、激しく頷きます。
私がこの二三年関係した聴覚障碍関係団体での経験から思うことを、
しばらく、書いてみたい。
全くの個人的意見で、
同じ聴覚障害者でも意見が異なる人がいることをあらかじめご了解ください。

聴覚障害者が一番よく接するボランティアは、要約筆記でしょうか?
今後、手話と当等の通訳事業を目指す状況に入っていますが、
事はなかなかそう簡単に運ばない様々な事例があります。

私見では、難聴者は、健聴者と共に歩むべきで、
難聴者だけでの団体活動は、あまり展望が開けないのではないか、
と思います。
ですから、私は、これからの世の中で難聴者が住みやすい状況を作るには、
健聴者と一緒に活動する必要があると思うのです。
その為には、健聴者が難聴者を理解し共に活動する基盤作りが必要です。
そういう考え方が、この記事とリンクするのです。

例えば、要約筆記者の養成を、これまでの行政によるもののみに止まらず、
企業にもサポートしてもらう。
サポートの度合いは企業それぞれに応じて決めますが、
企業はコスト意識が強いものですから、
要約筆記者養成の効果が上がるような対応まで踏み込めるでしょう。
養成の歩留まりが向上して、要約筆記者が確実に増える見込みが立つのではないか?

又、そういう活動を通して難聴についての理解を得られた企業に、
その理解をさまざまな状況で活かしてもらう。
接客の場でも、雇用の場でも、商品開発の場でも、
それは十分有意義であると思われます。

また、せっかく養成できたボランティアが継続して活動できるよう、
物心共々サポートする体制も必要だと思うのです。
ボランティアのモチベーションを高めたり維持するそれです。
無論、ボランティアに必要な器具や施設なども補充する必要があります。

行政のみならず、広い意味での社会資本を有効に使わせてもらいたい、
という発想です。

日頃思っていることを、ふと思いついて一気に書きました。
思い込みが強すぎて、読んで分からない所がありましたらすみません。
機会を得ながら、追々書き足したいとも思います。
その中で、だんだんに十分な説得力を得、理解を得られたら幸いです。
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by kimipoem | 2007-04-29 10:36

企業風景

この頃、「ハゲタカ」というテレビドラマを見ていて、
他人事とは思えず、引き込まれる。
というのも、自分の会社での仕事状況が、
こういう食うか食われるかという企業風景を如実に反映しているからなのです。

一昨年、一番大きな仕事先の仕事を殆ど失いました。
筆頭株主が変わった影響です。
収益が既にかなり圧迫されていたので、
他に行きかけた仕事が戻る一幕もありました。
しかし、売り上げが大きく落ち込んだ影響は、
仕事量の減少として、機械の稼動・人事に大きな影を落とす。

今年は、お得意さんが大型の吸収合併をして、
仕事量が格段に増えて、
二月末に、三月一杯かけても終わらないほどの仕事が流れ始める。
しかし、以前のようなことが又起こらないとも限らないので、
これに対応した設備投資等は、されない。
もししたら、いつか、過重になったそれにどう対処するものか、
非常に重いものがあります。

企業は危機に陥っても、雇用者が保護されるようなシステムが必要とも思われる。
しかし、そうなった時に、人々にとっての仕事に対するメンタリティーな部分はどこへ行くのだろうか?

私が大卒の時石油ショック以後の波にさらされたのですが、
今の波の方がもっと大きく強いものがあります。
その波にやがて向かう自分の子供たちのことを思うと、
これも他人事ではありません。

世を愁る見識者の本を棚から取り出す事が多くなりました。
経済の勉強も重要ですが、
政治の選択で世の大勢が投げやりにならず、
きちんと選択していく重要性を思って、ちょっと息苦しい気分になるときもあります。
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by kimipoem | 2007-03-10 21:17

2005年初夏の手前

予定に追われたり、仕事以外で人と会って話したりする日々が続くと、
一人で静かにゆっくり、気ままに過ごしたくてたまらなくなる。
孤独癖と言われても、「そうだね」と素直に肯ける。

振り返ってみれば、そういう時間の方がより多くいろいろ思い返されるような気がします。
忙しい時はあっという間に過ぎ、なかなか思い出せないことが多いけれど、
ゆっくりとした時間は、そうそうあんな時が、こんな事があったと思い出せる。

例えば、日曜日の朝。
この頃は、共働きなので家事に追われ、あっという間に昼になる。
子どもが幼い頃はそうではなく、かみさんが家事をしている間、
子どもを連れて、街や通りや、土手でゆったりと時間を過ごしていた。
途中で買ったお菓子を一緒に頬張りながら、
子どもの目線で、それまで気づかなかった風景の切れ切れを発見して楽しんでいた。
時には子どもと一緒に昼寝をしたこともあった。
それくらい何にもない過ごし方をしても、充実した一日を過ごした実感があり、
この頃のように、休んだ気がしない、のとは雲泥の差です。

「わが人生の時」と言える時間をすこしでも多く持って、
いくらでも思い返して、飽くを知らない風でありたいと思います。

さて、目を今の街に戻しましょう。
桜はとっくに葉桜になり、
ハナミズキやつつじが咲き出しています。
バトンタッチをするように様々な花が次々と咲いていくのは、
本当に気持ちを、明るく、前向きにしてくれます。
体具合が思わしくなく、この時期が嫌いな方もいるけれど、
この時期のこんな様を、率直に味わえる自分の幸せをかみ締めた次第。
ご近所のツバメたちも帰っていました。
近くの山では、野鳥たちがかしましいだろうな、と想像する。
川面のきらめきも、初夏を思わせます。
そうそう、車での出勤も、次第にバイクの方に移ってきていました。
出勤時には、又、今年も会える顔があって安堵することもあれば、
新顔に「やぁ~、初めまして」と声をかけたくなる方もいる(笑)

服を替え、布団を替え、ストーブなどの家具を替え、いろいろ忙しいけれど、
それも楽しい、と言える境地に早く達したいな。
もう、四月も終わり、五月になってしまった2005年の春、
あなたは、元気ですか?
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by kimipoem | 2005-05-03 22:50

帽子の世界

「どんな人にも似合う帽子はある」

トップランナー10月17日のゲスト、原田美砂さんは、
帽子デザイナーで、その口からこの言葉が出た時、
ちょっと、気持ちが弾む♪(笑)

おしゃれには縁遠い私ですが、
自分に似合う帽子って、どんな帽子だろう?
原田さんに詰め寄ってお尋ねしたくなりました。

いえ、別に錚々たる顔ぶれの愛用者の一人になりたいわけではないのですが…(^^ゞ

アラン・ドロンの「ボルサリーノ」、
伴淳さんの「帽子とひまわり」等など、
帽子が主要な要素を占めているドラマを思い出しもしました。

帽子を後ろに傾けて被るのは、日本独特で、幼稚園からの影響では…、
というご指摘に驚く。
ちょっと、目深に被り、角度をつけるのがポイントらしいです。
被っているあなた、もう一歩進化させては如何でしょう?(笑)

服を選んだり、着こなしたりするのは大変だけれど、
帽子はずーっと手軽に出来るおしゃれに思える。

時恰も、秋!
色づき、枯葉舞い散る街角を、どんな帽子を被って歩きましょうか?
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by kimipoem | 2004-10-17 20:17

公務の重さと犯罪の結果責任

「水俣病関西訴訟」で最高裁が15日に、国と県との行政責任を認める判決を出しました。

以前字幕ライブラリーで見た、
「水俣病 空白の病像」という番組を、思い出す。

これは、その原因物質メチル水銀の研究が、日本では大幅に遅れており、
その問題点を水俣病に携わった医学者達の証言の中から浮き彫りにしたものです。
未知の症例に直面した医療関係者は、どうあるべきか?
そこで必要とされる謙虚さを知るには、充分すぎる事例です。

さらに、
医学的に十分把握できていないから、行政が充分な対処をし得なかった、
とは到底思えませんでした。

それならば、今後、先例の無い事件に遭遇した時、行政は頼りにならない、ということになってしまう。
なによりも、住民(県民であれ国民であれ)の生命・健康が脅かされている時に、
怠慢であったり、責任逃れをしていたり、してはならないと痛感させられ、
行政に携わるものの責務の重さをも、まざまざと見せ付けられました。
他の薬害事件も併せて思い起こされる。

公務の職責をあらためて、見直し、
このような事例を風化させずに、
生かし続ける必要があります。

同じようなことが、他の方面でも言え、例えば、司法。
この頃は、刑法第39条に関わる判決が注目を集めている。
判決の検証が行われておらず、
犯罪被害者の目から見たら酷いことが数多くあるらしい。
そういう観点から、「そして殺人者は野に放たれる 」という本を読んでみようと思っています。

犯罪被害者が、救急車で運ばれ、治療を受けたら、その家族がそれらの経費を負担する。
しかし、犯罪者の方はどうなのでしょう?
今まで知らずにきた事の中に、「えっ?なんか、おかしい!」
ということがまだまだあるように思えてきました。

免許証の書き換えに行ったときの講習で、
罰則が重くなったのを知ったとき、岩波新書の「交通死」を思い出しました。
これは、被害者の立場から是正された事例だと思い至る。

犯罪における故意の有無より、結果責任を問う流れが窺えます。
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by kimipoem | 2004-10-16 21:05

ラジオの世界

10月10日に放送された「課外授業ようこそ先輩」の先輩は、
谷村新司さん。
てっきり音楽のお話しかと思っていたら、
題して「ハガキでラジオショーを作ろう」でした。

ハガキを書くことから始め、
お昼休みの手作りDJ放送まで行いました。

見ながら、自分の世界に浸ってしまう。
だって、あんなに過ごしたラジオと一緒の時間。
自分の中では結構大きい。

無論、谷村さんのDJも聞いたことがあります。
というか、まだ、アリスがそんなに売れてなくて、
地方の放送局のクリスマス特集番組に出ていた頃から、聞いていました。
その頃、もう、かぐや姫の南こうせつさんが活躍していたかな?
いや、それは、もう少し後かもしれません…。

子どもたちがハガキを前に苦悩している姿を見て、
ああ、あのリクエストカードを書くっていうのも、
意外に、自分の文章修業になっていたのかな?と思う。
高校時代、悪ガキたちと親しくなれたのも、
放送に採用されたカードがきっかけでした。
その彼等に守られたことも、多々ありました。

ラジオが若い人たちに聞かれなくなってきている、というのは寂しいですね。
でも、本当かな?とも思う。
というのは、
金曜日の晩、11時過ぎに、高校生の息子に催促されて、
大阪のFM放送を聞く為、旭川の河口にまでドライブする事があったからです。
止めて静かな暗い車内で、スピーカーに耳を当てている彼を見ていると、
あの頃の自分の姿がオーバーラップします。
耳が遠いのでヘッドホーンで聞くしかなく、
それでよく、呼んでいるのに無視された親から叱られてもいました。(笑)

1960年代から70年代にかけて流行った曲が流れているのを聞くと、
あの頃のリスナー達が今、作品・番組を作っているんだ、
と思い至り、ニヤリとさせられる。
先だって見た映画「69」は、原作者が同世代であって、
ラジオで聞いた、いくつもの曲に作品が支えられていました。

話が取り留めなくなってしまいました。
この方面の話、又する機会がありそうです。
続きは、その時に♪
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by kimipoem | 2004-10-10 19:59