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時をかけるききみみずきん

県立図書館で調べ物をして、これまで、幾度も、
その資料は、岡大にあります、
と言われました。
この12月に入っても一度ありました。
以前学生で何気なく利用していたのとは違い、
今は、学外者として手続きを踏まねばならず、億劫です。

その時、レファレンスをしてくださった方が、
そんなに入りにくい事もないと思いますよ、
と背中を押してくださったのも何かの縁。
その翌日曜日の午前、出向きました。
やっぱり申請書と身分証明書は要ったものの、
済んでしまえば、あっけない。
その時の目当ての資料は、新館の二階か三階にあると案内される。

あの頃は、まだ裏庭とでも言っていいような、
何もなかった、ただっ広い所に、
本館よりも高い建物が建っています。
森閑とした、人影まばらな各階を上がりながら、
それぞれの開架をたどって、本の背中を見る。
書庫に入ったらしく、無くなった本もあれば、
今尚健在の本もある。
以前よりは、洋書の割合が多い。
そうして、開架書架の本が二倍、いや四倍は増えている。
30年かかってこういう風に本が増えたんだ…

私が学生の時には無かった可動式の書架もありまして、
そこにあった目当ての雑誌バックナンバーを手に取り、
新しい眺めを横にしばらく読みふけりました。
読み終えれば、辺りにはいつの間にか学生たちが増えている。

あの頃の自分と同じように本の世界に魅了されている人もいるのだろうか?
それとも、ただの資料として使っているだけなのだろうか?
この図書館で出会えて良かった何冊かの本を検索してみれば、
どれも書庫にしまわれて、ちょっと寂しい。

あの頃に比べて、大学図書館と市内の公共図書館との落差は小さくなりました。
市立図書館、そして県立図書館、そんなに見劣りしてないぞ。
そう思えました。
市内の市立&県立図書館は、それぞれ所を変え、建物も変わりました。
でも、ここ大学図書館は、変わらず。
あの頃の思い出を大事に封印して保存してくれている。

外に出て、車に乗る。
自転車に乗って出入りしていた時から30年たって変わった事のひとつ。
過去から現在に戻った気が、一瞬、しました。

この思い出の一文を書き上げた次の日曜日の夕方、
県立図書館で、又、
お尋ねの本は大学の図書館にあります、
と言われました。
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# by kimipoem | 2005-12-25 23:01 | 時代

情報社会のなかの難聴の世界 (前半)

本日は、ご来場いただき、ありがとうございました。

これから、皆様に、
インターネットでのニュースをとおして、
難聴について関心を持ってもらい、理解していただきながら、
この県立図書館のことも、その利用面から、合わせてご紹介していこうと、
思います。

どうぞ、よろしくお願いします。

インターネットの検索で有名なグーグルで、
指定した言葉を含むニュースを、メールで送信してくれるサービスがあります。

ここに、今年の3月から4月にかけ、
「難聴」と「聴覚障害」を登録しました。
7月から8月にかけ、150件に達しました。

まず、最初に、それらの中から、
2005年の3月から8月にかけての「今」を感じさせられた、
ニュースを紹介します。

〔20005年3月から8月にかけての難聴の世界〕

今年のプロ野球開幕時、
中日ドラゴンズの石井投手についての記事を一番多く見かけました。

彼は、補聴器をかけて投げ、
高校野球横浜地区で「サイレントK」という異名を取りました。
そういう書名の、彼の本が出ています。
こちらが、そうです。

『サイレントK 沈黙のマウンド
石井裕也著
1999 日本文芸社』

練習試合ですけれども、
あの松坂大輔と投げあい完投したそうです。
すごいですね。

しかし、その松坂にホームランを打たれました。
それは、ともかく、その本には、
おかっぱ頭で補聴器を隠している写真もあります。

そんな彼も、勝利投手としてお立ち台にあがりました。

この夏の高校野球で、地区予選での難聴球児の記事がいくつか出ていまして、
中には、「東北のサイレントK」と見出しをつけられたものもいました。

障害者のスポーツということで、
今年は、岡山で11月に全国障害者スポーツ大会が開催されます。
その大会へ向けてがんばっている選手の紹介記事もありました。

この方は、砲丸投げです。
補聴システムのある桃太郎スタジアムでの活躍を期待し、応援しましょう。

いろんなスポーツがありますが、
今人気のあるスポーツとしてサッカーは、無視できないでしょう。
7月には、J1川崎の選手が突発性難聴と診断され、試合を欠場しました。
これは、それまで、聞こえていた人が突然、難聴になるものです。

〔個人情報と聴覚障害〕

4月から個人情報保護法が全面施行されました。
実際にいろいろなことが起きて、困っている方もいます。

ある病院では、外来患者の呼び出しを
「名前で呼ばないでほしい」と申し出があれば、
個別に受付番号を使うことにしました。

でも、患者の約7割が高齢者という病院は
「完全に番号とするのは、現行では難しい」と
対策を模索中です。

別の病院では、聴覚障害の患者の呼び出しに使うポケットベルの活用も視野に入れました。

意外なところで、聴覚障害の言葉が飛び出しております。

それから、
光高校爆破事件
という傷ましい事件もありました。

この事件で被害にあった生徒の中に、
難聴になったものがいるのです。

先の国会では、
自立支援法についての審議もされました。
よくわからないところもありましたが、
いろいろ問題を含んでいたようです。

悪質リフォーム
の問題もあり、
犠牲になった難聴者もいます

けしからん話ですよね。
じーっと見ていると腹がますますたってきますから、
次にまいりましょう。

来年のセンター試験から、
外国語科目の『英語』にリスニングが導入されます。
難聴児を持つ親の方が以前からいろいろな場で、
善処していただけるよう、発言されていたのを思い起こしました。

重度の難聴者には、審査の上でリスニング試験免除が認められる。
と書かれてあります。

ここに、今年の大学入試センターの受験案内があります。
その33頁を見て確認しました。
自分が受けるわけではないんですが…

それから、映画関係のこんなニュースもありました。

これは、先ごろ、「オペラ座の怪人」という映画で人気の出た俳優さんが、
次の映画作品の宣伝のために来日したニュースで、
その映画には、聴覚障害の男の子が出ます。

映画の題名は、「Dearフランキー」で、
この図書館から近い、電車通りに面した映画館で、
今度の土曜日から上映されます。

先日、予告を見てまいりました。
友達が後ろ向きに歩いて、聞こえない少年に話す。
口を見せているのですね。
先生の質問には、答えをメモ帳のようなものに書いてみせていました。
地味だけど、なかなか良さそうです。

ついでに、申し添えますと、
この映画館の最後列から二列は、
補聴システムが備わっています。
是非覚えていただき、
必要な時、必要な方には利用していただきたいと思います。

この後は、
難聴について、おおざっぱに歳を追って、テーマごとに触れながら、
図書館の利用の話もしていきます。

難しい話も出てくるかと思いますが、
わかるところだけ、理解していただけたら結構です。
わからないことを理解しようとしますと、
頭痛がしますよっ。

生まれながらの難聴を先天性難聴といいます。

以前は、言葉を覚える時期を過ぎて難聴に気づき、
聞き取りも、発声も立ち遅れたものですが、
現在では、生まれてまもなく聴力検査ができるようになり、
対応ができるようになりました。

この検査を、
新生児聴覚スクリーニング
と言います。

最初の検査結果はまだ、
聴覚障害のおそれがある、というあいまいなもので、
はっきりしたものではありません。

でも、もし聞こえないとしたら、
早くから補聴器をつけさせ、
言葉を覚え始める時期を逃さずに音を入れると、
そうしないよりは、聞き取りでも発声でも
より効果が期待できるようです。

この
新生児聴覚スクリーニング
って、なんだろう?

新聞では非常に簡単な説明しかありません。
もう少しきちんとした詳しい事を知りたい時には、本がいいですね。

図書館で図書検索をしますと見当たらないので、
二階の自然科学のレファレンス担当のカウンターへ尋ねに行きました。

そこで調べたら、ここの県立図書館にはないけれど、

『新生児聴覚スクリーニング 早期発見・早期教育のすべて』

という本が出版されていると、分かりました。

カウンターでの係りの方から、
「購入希望を出されませんか?」
と言われました。

図書館の本は、主に図書館の職員が選んでいるようです。

大変多くの出版物がある中、
取次店から来たもの、
図書館流通センター(TRC)から出ている資料、
などを前に、
予算を横目に見ながら、
楽しくもつらい選択をしていることと思います。

でも、そこに、
利用者からの要望が入ると、選択肢が増える。

本当のところ、読んで理解できなかったら申し訳ないな、
と思いもしましたが、
そこを判断するのは、図書館に任そう、
と居直りもしました。

後日、県立図書館に入ったその本を、
読んでみると、
分からないところもありますが、
分かるところもある。

分かるところだけでも、私には相当な収穫で、
県立図書館に、感謝感謝、です♪

スライドに戻りましょう。

岐阜県では本年度6月補正予算編成で、
赤ちゃんの聴覚検査事業費が盛り込まれる方針が固まった、
という記事です。

では、私たちが住む岡山県ではどうなっているのでしょうか?

この図書館の二階にある、郷土資料のカウンターで、
そういう事を知りたいのでなにか資料はないですか?
と聞いたら、

「岡山県決算付属書」

というのがあります、と教えてくれました。

その平成14年度によれば、
新生児聴覚障害検査という委託事業に、
4,865万円余りが計上され、
岡山赤十字病院他40件への委託がされています。

その結果も知りたいですよね~。
一緒に、

「主要施策成果説明書」

という本を渡してくれました。

それによれば、
平成13年度から始まっており、

初年度は、
8361人が検査を受け、33名が要精密検査とされました。
引き続き

平成14年には、12,665人が受け、64人が要精密検査、
平成15年には、13,222人が受け、67人が要精密検査、

とされました。

この人数は、その後、
療養開始や経過観察となっていくと少なくなり、
1000人に一人という割合になっていきます。

でも、「要精密検査」と言われただけも、親のショックは大きいと思います。
それにつながるニュースがこれです。

「赤ちゃんの聴覚検査:普及はしたけれど…サポート体制づくりを」
という記事です。

ここに、次のような文章があります。

「検査装置の普及が進み、日本産婦人科医会の調べでは、
既に3割近くの病院や診療所で新生児聴覚検査が行われている」

では、又しても、岡山ではどうでしょうか?

地元の新聞、山陽新聞のデーターベースへ、
この図書館の二階にある情報端末からアクセスできます。

検索しますと、新生児聴覚検査について、
7月4日に記事がある事が分かりました。
その主文も端末で読めます。

「今では県内の全新生児の約75%が検査を受けられる」

実は、この記事、

難聴幼児通園施設「岡山かなりや学園」が1975年に設立され、
今年30年になる、

というものでした。

このかなりや学園の福田先生に、
午後の分科会で、お話していただく予定です。
新生児スクリーニングにかかわるさまざまな事を、
よりくわしく、わかりやすく知っていただけたらと思います。

先にご紹介した、
「新生児聴覚スクリーニング」
という本には、
福田先生とともに、

岡山大学の福島先生も、執筆されています。
福島先生は、聴覚スクリーニング関係以外にも、
いろいろ難聴に関わる仕事をされています。

7月の下旬には、
「遺伝性難聴の治療が期待される研究を発表」しました。

又、人工内耳の手術もしています。

人工内耳について知ってもらおうという講演会・体験談発表の記事が、
5月下旬、7月の上旬に見受けられましたが、

これも県立図書館二階で利用できる
朝日新聞のデーターベース「聞蔵」(きくぞう)
で検索してみると、
他にも、各地でこういう催し物のあった事が分かります。

岡山県では、去年の6月に、
岡山県難聴者協会主催でこのような講演会を行いました。
実は、協会のほうで、その講演会を小冊子にしています。
関心ある方は、受付で問い合わせて下さい。

さて、その人工内耳ですが、
始まった頃に比べ、手術費は大変安くなりました。
また、手術数も増え、信頼性が高まっているようです。

でもね、維持していく上での費用が高いらしく、
その助成を求める要望書を提出したという、
熊本での記事がありました。

このような要望も各地で出されており、
その結果の一つ、

大分市では、全国に先駆け、
「人工内耳」買い替え費用の助成をすることを決めたようです。

次の話題に行きます。

送られたニュースの中で、
難聴学級についての記事が、
私の予想以上に多く見受けられました。

私が思っていたのは、
聞こえる子どもたちと一緒に学ぶインテグレーション、
統合教育が進み、
聞こえる子どもたちの中に、多くの難聴児が入り込んでしまっている、
というものでした。

順々に見ていきましょう。

これは、たった一人の為に、
難聴学級を新設し、卒業に至ったものです。

こちらは、
難聴学級に通う子が、家の近くの小学校で、
自分の学校生活について発表したもの。

他には、
ろう学校に軽度難聴児の通級指導教室を開設したものもありました。

そして、
難聴学級のある小学校とろう学校とが交流したニュースですね。

でも、いい話ばかりではありません。

京都では、難聴学級の存続を求める、
「京都難聴児親の会」の署名運動があり、
署名に添え、要望書を教育委員会に提出しています。

ここで、
岡山で就学している聴覚障害児の様子を見てみましょう。
平成14年を例にして調べてみました。

「教育要覧」によれば、この年度の小学校児童数は、113,246人です。
そして、
「学校保健概要」、
これは、学校での健康診断の記録が載っているものですが、
そこに、検査を受けた人数があり、

さらに、
その16頁に、聴力異常の項目があります。

正確なところは、
皆様ご自身で本にあたり、確認していただければ幸いですが、
私の粗い読み方では、差し引き、
348人が、聴力異常のまま、
と読めます…

別の資料によれば、
平成14年の、
ろう学校の小学部に20人、
小学校の難聴学級に27人でしたから、

これも差し引くと、

301人が聞こえる子と一緒に学んでいる、
と読み取れます。

私は資料からこのように読み取りましたが、
実際の状況はどうなのでしょうね?

この301人の、
聞こえる子といっしょに学ぶ、難聴児教育についても、
午後の分科会でふれる予定です。
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# by kimipoem | 2005-10-22 12:48 | 聴覚障害

情報社会のなかの難聴jの世界 (後半)

さて、次は、
大学での難聴者・聴覚障害者に、目を向けていきましょう。

大学におけるノートテイク、
これも、難聴・聴覚障害の世界では、
この4,5年での新しく、大きな動きだと思います。

ノートテイクについての紹介をしたHPが、あります。

ノートも紹介してあります。

それから、
沖縄大学でのノートテイクの話も報道されています。

ここで紹介されている学生の田中さんは、旅行で沖縄が気に入り、
進学先も沖縄と決めていたそうです。
そして、入った沖縄大学でこのように支援体制が立ち上がり、
かなり本腰が入っています。

岡山でのノートテイクのニュースもありました。
関係者の方、来られているのでしょうか?
どこにいるのかな?

そして、
このノートテイクの世界で、
先のほうを行っていると思われる群馬大学の紹介が、
こちらです。

ノートテイクについても、
午後の教育分科会で、ふれる予定です。

しばらく、スライドはお休みして、
図書館の世界についてお話をします

みなさんは、県立図書館で、
ほかの図書館の本を借りて読むことができる、
のをご存知でしょうか?

先にインテグレーションという言葉を出しました。
この頃、いろいろなところで出てくる新しい言葉です。
この言葉の元には、ノーマライゼーションと言われる考え方があります。

この機会に、
ノーマライゼーションについてキチンと目を通しておこうと、
思い立ち、
関係重要資料が本になっていないか、
と社会科学のカウンターで調べてもらいました。

すると、

『国際連合と障害者問題』

という重要関連決済文書が岡山大学にあったので、
早速岡山大学から取り寄せてくださり、
そのカウンターで手にすることができました。

県立図書館には、無い本でも、
このように、他の図書館にある本を、借り出して読めるのです。

実は、その後、
この本は、県立図書館に、入っており、
私の持っているのが、その本です。

図書館と図書館とがつながっている話を、
聴覚障害に関係のある本を例にとって、
さらに、二つほどご紹介します。

手話の世界では有名な伊東さんという方の著作集を、

『伊東雋祐著作集 手話と人生』

以前、市立図書館で希望しましたら、
これは、県立図書館で買って頂きますので、
お待ちくださいと言われたことがあります。
後で、県立図書館から市立図書館にまわして、
読むことができました。

一つの図書館の窓口が、他の図書館へとつながっている、
と実感させられました。

もうひとつ。
「わが指のオーケストラ」という漫画で有名な作品があります。
口話教育が盛んな時代に、
手話教育を絶やすことなく、頑張った人たちの話です。

その原作である、

「指骨」
川渕依子著
1967 新小説社

を読みたいと思いました。

モデルになった校長先生の娘さんが書かれたこの本を求めた時、
これも、市立図書館での事でしたが、
遠くの地方の図書館から取り寄せてくださいました。

ここ、県立図書館では
県下の公共図書館を意識して、つなげており、
ネットで横断検索できるシステムを作ったり、
図書館同士で情報を交換し合うサイトも設けております。

じゃ、また、難聴のお話に戻ります。
次に、大人の難聴者へ移ってまいりましょう。

「わが国の身体障害児・者の現状」

という副題のついた

『平成13年度身体障害児・者実態調査結果報告』

が、
社会科学のレファレンスの近くの開架書架にあります。

それによりますと、
平成13年6月には、
324万5千人の身体障害者がいて、
そのうち、
聴覚・言語障害が、
34万6千人となっています。

これを、年齢別に%で表した数字を、
表にしてみました。

60歳以上で、74.9%を占めます。

また、
40歳以降で、増え方が大きくなっているのも分かります。

では、どのようにして難聴になっているのでしょうか?

騒音性難聴というのがあります。

沖縄にある米軍嘉手納基地からの騒音によるものだとか、

採掘現場の騒音によるもの

それから、
音楽によってなる難聴

去年放送されたテレビドラマ「砂の器」で、
主人公が作曲していた曲は、
本当は、この方が作曲していたものです。
天才バイオリニスト千住真理子さんのお兄さんでもある、
この方は、講演などで音楽の持つ怖さを取り上げています。

その中のひとつが、大音量のステージでなる難聴です。

また、突然の大きな音でなる難聴。

先に紹介した事件での爆発音によるものです。

そして、
突発性難聴という病気でなる難聴。

この方がそうだし、

次のニュースで紹介されているのは、
要約筆記のボランティアをするつもりだったのが、
約3年前に聴力を失い、逆に要約筆記を頼む立場になった、
というものなんです。

先に紹介したJリーグの選手も、この病名でしたね。

それから、
ゆくゆくは老人性難聴になる人でも、
実は、難聴はもっと若いときから始まっている場合もあるようです。
その難聴になるのが急激に進むのが、
進行性難聴。

このように、
聞こえなくなる、難聴になるには、様々な原因があります。

また、原因不明も…

原因別状況についての調査もありました。

事故によるものが、10.1%
病気によるものが、18.8%

などなどですが、
その他・不明・不詳などの部分を合わせると、
56.6%もありました。

今度は、また、本の話に移ります。

図書館で調べるには、
さまざまな参考文献・統計資料が威力を発揮します。

でも、普通の図書も忘れてはいけません。

『突発性難聴の正しい取り扱い』

という本には、
ずいぶん詳しいことが書かれており、
多くを知ることができます。

ちょっと、読んでみますね。

この本では、
急激に生じた感音性難聴すべてを意味する広義のものを

突発難聴 または 急性感音難聴

とし、

現在において、(突発性難聴は)
原因が不明または不確実のものだけに限定されている

1973年(昭和48年)厚生省難病対策の特定疾患に指定され、
その診断基準および聴力回復の判断基準が確立されました
(1984年に改定されています)

突発性難聴についての数字がありますが、
グラフで、イメージだけを受け取ってくださってかまいません。

1971.7~1973.6 調査による、
推定発症者数は、年間3000~5000人

1987年(昭和62)年度には、
全国の推計受療者数は、年間14,000~19,000人(平均16,700人)

1972年度の3~4倍の増加

1993年(平成5年) 21,000~27,000人
2001年(平成13年) 32,000~38,000人

真に発症が増加しているか、あるいは受診率の増加によるものか 、
おそらく両者が関与している

特に増加が見られるのは若年層ではなく
男女とも40~70才代、
特に50~70才代の女性に増加している

この病気は、気に留めていると、
意外に多く、あちらこちらで見受けられます。
有名な人にも、なった人がいます。

ノーベル物理学賞を受賞された朝永振一郎さんの著作集の一巻には、
突発性難聴になって入院した様子を書いてある文章が載っています。

難聴としては、最後になってしまいましたが、
老人性難聴にまいります。

ニュースでは、
哀しいものが多く見受けられました。

豪雨でとりのこされた70歳代の夫婦、

悪質リフォームで被害にあった事例
さっき、ささっと移ったものですね。

消費者金融で提訴したもの。
ここでの被害者は、目も見えない難聴者でした。

データーベースなどでいろいろ調べ物をしている途中、
こういう事件でなくとも、
普段の暮らしで、なにかと虐げられている老人の姿が、
投書など、目に付きました。

これから、高齢化社会を迎えるというのに、
困ったことです。

でも、
いいニュースもありました。
こちらです。

病院でテレビの音を、
手元のスピーカーで聞けるようにした、
というものです。
赤外線補聴システムの応用です。

歳をとったら視力も衰えるので、
字幕より、こっちがいい人もいるのでしょう。

どう老人性難聴に接したらいいのか?
という問いに答えた記事が一つありました。

画面の下のほうにポイントがまとめてあります。

ここで、もう一冊ご紹介しましょう。
最後の一冊だから、
今しばらく、辛抱を…

中公新書で出ていて、最近活字の大きい本としても出版された、

『耳科学』

という本です。

難聴について幅広くふれていながら、
ところどころ深く学問的なことも書いてある本です。
その中で
老人性難聴について次のように記してあります。

中枢神経内の聴覚系の神経細胞が消滅することにより、
音の分析能力が低下する

つまり、言葉の明瞭度が低下する

音が聞こえても意味がとりにくい
方向性も低下する

これらの事実が、
高齢者では補聴器を装用して音を大きくしただけでは、
あまり役に立たないことにつながる

このように学問的にきちんと理解して、老人性難聴に向き合うと、
これまでの接し方と少し違って接せられるかもしれませんね。

老人性難聴については、午後の分科会で、
岡山大学名誉教授の小倉先生にお話いただく予定ですので、
役立てていただきたいと思います。

さまざまな難聴をご紹介してまいりました。
難聴がらみで、最後にもうあと二つほど、
紹介します。

聴覚障害者の情報保障手段として、要約筆記があります。
今は、前ロールという方法で情報保障していますが、
午後の分科会では、実際に要約しながら、
特殊な機器をもちいておこないますので、
そちらも是非ご覧ください。

次に紹介するのは、
その要約筆記のボランティアをしている方が、
ご自分の職場で要約筆記を活かしたものです。

プラネタリウムのある科学館の売店で働く方がボランティアで要約筆記をされています。
そのつながりで、プラネタリウムに字幕がつき、
聞こえない人もプラネタリウムを楽しめるようになりました。

さまざまなところへ日本語字幕をつけるのも、要約筆記の活動です。
岡山要約筆記クラブでも、
上映しているスクリーンに日本語字幕をつけたことがあります。
何年か前に、「ピンポン」という作品に字幕をつけた時など、
映画の公式サイトで話題にもなりました。

聞こえない人のコミュニケーション手段として、手話があるのは、
皆さん、よくごぞんじのとおりです。

その手話に関心ある方が、イルカの調教師をやっています。
その人が、
観客席で手話をしている親子を見かけたり、
聞こえずあきらめて途中で退場する方を見て、
手話に挑戦し、
手話で、イルカショーを楽しめるようにしました。
鹿児島の水族館の話です。

聞こえる方に、
聴覚障害に関心を持っていただけたら、
このように、私ども聴覚障害者の世界がそれだけ広がる、
可能性が増えます。
どうぞ、宜しくお願いしますね。

プラネタリウムの記事も、
イルカショーの記事も、
地方の新聞からでした。
この図書館には、主要全国紙だけでなく、
数多くの地方新聞があります。
それらのほとんどは、書庫にあって、目に付きませんが、
まず、ほとんどの方が驚くほどある、と私は思います。

驚くほどあると言えば、
今日はまったく取り上げませんでしたが、
雑誌も多いのですよ。
300以上あるところまでは確認しましたが…

私の母校、丸の内中学校の跡地であるここに、
県立図書館が開館して一年近くになります。
もう100万人以上入館しましたね。

天神町にある、あの坂道を登り、階段を上がり、
そうして、重いドアーを二つも押し開いて、
ようよう入れる旧館を、
30年余り前から利用してきたものとしては、
この盛況は感慨深いものがあります。

去年の旧館閉館前には、
毎月1万人余り、閲覧していた記録が、
新館開館後、月に7万から10万ほどの入館者数となっているのです。

新館の魅力は、いろいろたくさんあり、
利用される方、それぞれ贔屓があるでしょう。
大きく分けて、

資料、機能、職員、

となると思われます。

いずれも、利用する人がよりよく活用すればするほどに、
もっと、良くなるものばかりです。
ご一緒に、活用して、もっと素敵な図書館にしていきましょう♪

引き続き、図書館からのご案内を、お聞きください。
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# by kimipoem | 2005-10-22 12:45 | 聴覚障害

2005年初夏の手前

予定に追われたり、仕事以外で人と会って話したりする日々が続くと、
一人で静かにゆっくり、気ままに過ごしたくてたまらなくなる。
孤独癖と言われても、「そうだね」と素直に肯ける。

振り返ってみれば、そういう時間の方がより多くいろいろ思い返されるような気がします。
忙しい時はあっという間に過ぎ、なかなか思い出せないことが多いけれど、
ゆっくりとした時間は、そうそうあんな時が、こんな事があったと思い出せる。

例えば、日曜日の朝。
この頃は、共働きなので家事に追われ、あっという間に昼になる。
子どもが幼い頃はそうではなく、かみさんが家事をしている間、
子どもを連れて、街や通りや、土手でゆったりと時間を過ごしていた。
途中で買ったお菓子を一緒に頬張りながら、
子どもの目線で、それまで気づかなかった風景の切れ切れを発見して楽しんでいた。
時には子どもと一緒に昼寝をしたこともあった。
それくらい何にもない過ごし方をしても、充実した一日を過ごした実感があり、
この頃のように、休んだ気がしない、のとは雲泥の差です。

「わが人生の時」と言える時間をすこしでも多く持って、
いくらでも思い返して、飽くを知らない風でありたいと思います。

さて、目を今の街に戻しましょう。
桜はとっくに葉桜になり、
ハナミズキやつつじが咲き出しています。
バトンタッチをするように様々な花が次々と咲いていくのは、
本当に気持ちを、明るく、前向きにしてくれます。
体具合が思わしくなく、この時期が嫌いな方もいるけれど、
この時期のこんな様を、率直に味わえる自分の幸せをかみ締めた次第。
ご近所のツバメたちも帰っていました。
近くの山では、野鳥たちがかしましいだろうな、と想像する。
川面のきらめきも、初夏を思わせます。
そうそう、車での出勤も、次第にバイクの方に移ってきていました。
出勤時には、又、今年も会える顔があって安堵することもあれば、
新顔に「やぁ~、初めまして」と声をかけたくなる方もいる(笑)

服を替え、布団を替え、ストーブなどの家具を替え、いろいろ忙しいけれど、
それも楽しい、と言える境地に早く達したいな。
もう、四月も終わり、五月になってしまった2005年の春、
あなたは、元気ですか?
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# by kimipoem | 2005-05-03 22:50

目には見えない何か

目には見えない何か
中後期短編集1952-1982
パトリシア・ハイスミス著
2005 河出書房新社


中期の短編集にある、
様々なバリエーションの物語を読んでいる内に、
彼女が単なるサスペンス作家でない事がよく分かってきました。

読んでいて落ち着かない気持ちにさせられるのは、
自分の心の中にもある何かが照応しているわけですが、
読んでいる自分は作中人物と同じ様になってもおかしくないのに、
ならないのは何故だろう?
そんなところから、彼女の書こうとしているものが見えてきました。

それは、なにものにもとらわれない人間の心の危うさだと思う。
自分が犯罪を犯したり、一戦を越えないで居られるのは、
様々なしがらみや、多様な価値観の中でのバランス感覚があるからではないか?
人付き合いのしがらみが薄れてきたり、
一つもしくは数少ない価値観に寄りかかってしまいがちな、
現代人の心理を見据えて書いているようです。

登場人物は、皆、裕福だし、
家族はいないか、少ない。居ても、その結びつきは弱い。
そして、地域にも、特定の団体にも属していない場合が多い。
また、心の拠りどころが、少ない。
そういう人物が主人公になっている。
これは、現代人の特徴といわれているものでもあります。
彼女は、早くからその特徴をすくい上げ、取りまとめたといえるのではないでしょうか?
そういう特徴を備えた人が、どんどん増え、大多数になった現在、とも思えます。
怖い世の中です。

犯罪(者)への関心、現代人の心理への関心が、融合し、
それに的を絞り、ぶれなく書く筆致が冴えて、出来上がった作家でしょう。

翻って言えば、初期の作品について、
的を絞らず、いろいろな試みを現している、
という解題に頷ける事がようよう出来ました。
犯罪にとらわれない作品がより多く、(笑)
心理への関心のありようが覗え易いです。

なにものにも、とらわれないというのは、
言い換えれば自由、
更に言えば、不安定でもある。
ニュートラルな視点を堅持し続けて書くので、
話の先が見えず、
作者の上手さは見えても、作者が見てこないのでしょう。
でも、短編集を一通り読み、解題を読み直してみると、
彼女の人生観・人間観が込められているのが透けて見え出し、
驚きました!

この短編集の最後から二つ目の作品では、
犯罪も、事件も起きていません。
リプリ―の作者というところから、より自由な作者の素顔が見えるようです。
こういう作品を読むと、この短編集の目論見が見え出してきます。
人間の心の危うさばかりでなく、偏狭さもしっかり睨んでいる。

一通り読んで、ようやく、彼女の作品を読む準備ができる。
大人の文学なんだ、そう呟いてしまう。
彼女の日記などの研究が進めば、もっといろいろな事が見えてくること、
必定です。
彼女の文学研究は、大変そう…。

先の短編集よりは、先が読めにくく、上手くなっていると断じられます(笑)
つまるところ、またしても、巧さに、呆然とするだけでした(^^ゞ
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# by kimipoem | 2005-04-09 10:07 | 聴覚障害

季節の変わり目に旅立つものへ

昨日の2004年3月25日金曜日が、岡山大学の卒業式でした。
その一週間前が、市内の公立小学校の、
更に前日が、中学校の卒業式でした。
一つのゴールラインですね。
それは、また、そのまま、先へのスタートラインになります。
夢を持って、力強く羽ばたいて行ってください。

中学の卒業式の朝、
いつものように渋滞で止まった橋の上から、
旭川の川面を見やると、
先の方に大きな群れをなしている水鳥たちがいる。
渡りの途中の鳥たちだと直感しました。
そうすると、今までここにいた鳥たちはもう旅立ったのかな、
と思いながら見回すと、珍しく川から上がって岸辺の草をついばんでいる。
これは、旅立ちの準備だな、と分かる。
瞬時、映画「WATARIDORI」が思い出されました。

今、こうしている内にも、
南極を発った鳥達が暴風圏を越えているだろうし、
南洋の諸島をつたいながら、ツバメ達が必死にこちらへ向っているだろう。
又、インドからヒマラヤを越え、鶴が中国へ入っているかもしれないし、
フランスのエッフェル塔の傍らを飛ぶ一群れもいるだろう。
更に、ハドソン川の水面近くを這うように飛んでいる鳥たちもいるだろう。
世界のあちらこちらで、さまざまな鳥たちが渡っているのを、
一つ一つ想像していくうちに、なんか、ちょっぴり胸が熱くなってくる(^^ゞ

そして、そんな鳥達を見守る人たちもいれば、
無論、無関心な人たちもいる。
あなたは、どちらでしょう?
渡り鳥を見守る余裕がなくとも、
思いやる余裕を持っていたい、と思い直し、
車の中で座り直しました。(笑)

卒業していく子どもたち、渡る鳥たち、
共に、幸運を祈りながら、
頑張れっ!と声援を送ります。
そして、そんな気持ちにしてくれて、ありがとう♪
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# by kimipoem | 2005-03-26 17:22 | 季節

僕には仲間の声が見える

2005年1月7日放送のNHK番組「にんげんドキュメント」は、
「僕には仲間の声が見える」と題し、
近畿大アメフト部に所属する、西村君を紹介しました。

一歳の頃、聞こえないことが分かり、
お母さんの懸命の言語教育が施されます。
お母さんは、意識して手話を控えた。
それは、話す人の世界の方が、広いからです。

それでも、聞こえない子同士で固まりあう少年になる。
聞こえないものとの溝はどうしたってあるし、深いものなのです。
しかし、地元の子どもたちにアメフトを教えている人が、
彼を自分のアメフト教室に誘いこみます。

そこから、14年に及び、今に至るアメフトとの取り組みが、
彼にもたらしたものは大きいと思う。
大学の部の主将は、よきライバルであり、友人である。
互いに切磋琢磨して、状況を見る目を養い、
レギュラーとしてスタメンをはれる域に達した。

大学生活の終わり頃、大学の枠を超えたチームのメンバーになり、
日ごろの付き合いの無い者たちの中に入る事があり、
そこでは思うに任せない状況に追いやられた。

見終えて、
自分が難聴ながらここまでやってこられたのも、人の情けによる事を、
ひしひしと感じました。

西村君のお母さんが、手話の世界より広い世界へと、
彼を導くよう苦労された事は、大変な事です。
この人生の岐路で、どちらを選ぶかは、個々の人に負わされたつらい選択なので、
傍からは、何も言えません。

聞こえに応じて、性格に応じて、彼の世界がこれからも、広がるよう、願いました。
五十年以上、生きてきた者としては、まだまだこれからが、正念場だ、と思う。
人の情けを忘れずに、自分でできることを、一所懸命に広げ、伸ばし、深めて欲しい。

翻って、身の回りに、聴覚障害者がいる方に、申し上げたい。
あなたのささやかな情けで、その人は、もっとその人らしく成長します。
宜しくお願いしますm(__)m

突き詰めれば、これは、なにも聴覚障害者だけに限らない事なのですが、
人の情けこそが、人生の豊かさをもたらす、
と、よりはっきり気付かされます。
そういう風に、この番組を見ました。
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# by kimipoem | 2005-01-23 22:10 | 聴覚障害

親から伝わるもの

日曜の夕方、「グレートマザー物語」というテレビ番組がテレビ朝日系であり、
今日は、「佐渡裕・独学の指揮」と題したもので、
和音に魅入った息子へオペラ歌手の母が特訓を施しました。
それを見ていて、以前見たトップランナーでの二人を思い出しました。

まず、キュッヘンマイスターの神田真吾さん。
お母さんが手作りの料理ばかりを作って、それを食べながら大きくなった。

それから、デザイナーの宇津木えりさん。
家には、いつも布地がたくさんあったそうです。

こういう風に、他の家にはない、その家ならではのものがあって、
それは、その家で育つ者の中に、大きく影響していく。
言ってしまえば、あたりまえの事ですが、
次第に、どこの家でもあまり変わらない世の中になってきているのではないでしょうか?
それは、どこか、
どの駅で降りても余り代わりばえのしなくなってきている駅前の風景のようで、
寂しく思えます。
他人事ではなく、我が家でもそうです…。

他の人とは違う自分ならではのものを大切にしたそれぞれのお母さんの姿を、
ものすごく意識させられました。
そして、今、強く自戒しています(笑)

他の誰でもない私という父親の下で育っている、
というものを、子どもに与えられているだろうか?

もっと、自分を大事にして、
こどもが外から帰ってきても 、外の世界と対峙し得るものを、
家の中に存在させねば、と思う。

もう、ほとんど、手遅れですが、(爆)
若い人には、私の苦い経験を生かしていただきたいと、痛感します(^^ゞ
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# by kimipoem | 2005-01-23 20:52 | 時代

珈琲時光【こーひーじこう】

近々わが街のミニシアターで上映される映画のタイトルから、
この言葉を知りました。パンフレットから書き写しておきます。

珈琲を味わうひととき。気分転換し、気持ちをリセットして自分の
人生に立ち向かうことができるような、短いけれど貴重で濃密な時間、
という意味が込められている

珈琲に限らないけれど、
なにかを終えた時、なにかをしている最中でも、
ちょっと一杯飲んで過ごすひと時は、
暮らしの中の時間に添えられた節のようです。
なにかに流されてズルズルと時を過ごしてしまわないよう、
今、生きてあることを確認するように、
こういう時間を大切に、挟み込みながら暮していきたい。

時の経つのを忘れている時でも、というか、
あえてそういう時にこそ、このひと時だけは忘れないでいたい、
とも思います。
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# by kimipoem | 2005-01-04 19:25 | 季節

こころの耳

こころの耳
早瀬久美 著
2004 講談社

「障害を乗り越えて」という言葉がある。
でも障害を乗り越えたのではない。生まれてから誰にも教わらなかった「聞こえない」ということを自分でやっと理解して、それを自分の心の中に当たり前に受け入れることができた。
そして手話という言葉を手に入れた。聞こえないわたしが、わたしなんだ。
きっとわたしが乗り越えるべきものは、聞こえる人の心の中にある。

この一文が、早瀬さんの立場なんだな、
と読み終えて、納得させられる著書です。

生まれた所は九州の大分ですが、幼少の頃を岡山で過ごしました。
その岡山大学附属病院で検診を受け、当地にあるカナリア学園に通われた由。
私が大学生の頃、同じ街に居たんだ、とちょっとビックリする。

その後、上京し、筑波大学附属聾学校幼稚部を皮切りに、進学していきます。
中学の頃、母親と同じ薬剤師になりたいと思う。
そうして、聞こえないことに理解ある、理系の高校、明治薬科大学へと進み、
又、全日本ろう学生懇談会関東支部(旧、関東聴覚障害学生懇談会:関コン)と出会う。
大学卒業時、何社かに「耳が聞こえません」と書き添えたファックスで問い合わせをし、
返事のあった大正製薬株式会社に一般枠で採用されました。

この後、薬剤師国家試験に合格してからの記述が、本書を手にされた方の狙いで、
それに見合う詳細な推移を読むことが出来ます。
この記述は、しかし、聞こえない子との関わりについての文章と交互になされます。
今のご主人と出会われてからの様々な事が、
薬剤師の事に勝るとも劣らず今の私には大切なのだ、
という早瀬さんの気持ちが込められている。

一般社会で聞こえないものが生活していく為に必要な努力を、
結婚披露宴で身を持って示している辺り、感銘を受けました。
そして、それは、自分のためというより、後に続く聞こえない子等に向けてのものなのです。

日本で最初の聞こえない薬剤師となった早瀬さんご自身の、
この問題についての報告書は、
これから一般社会で暮らしていく聞こえない人への一つの指針ともなっています。
実際には、もっと様々なことがあって、なかなかうまくいかない事が多いでしょうが、
それでも、聞こえない人と聞こえる人とが一緒になって、
社会を営んでいく上で肝に銘じておきたい事が、ここには書かれてありました。

聞こえない人と聞こえる人とが一緒になって、
聞こえない人の住みやすい社会を作る為に、
聞こえる人にも是非読んで欲しい本です。
今、私たちは聴覚障害についての大きなターニングポイントにいます。
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# by kimipoem | 2004-11-27 16:42 | 聴覚障害




ポケットには納まりきれないものを…(笑)
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